34000円の恋(前編)

 

 年明けの興奮冷めやらぬ2017年1月6日、僕は福岡県の中洲にいた。

中洲にいったい何があるというんですか?と聞かれれば答えはただ一つ、セックスだ。

 

 数週間後の1月30日に僕はとうとう誕生日を迎え、25歳になる。

25は四捨五入すれば30すなわちアラサーというわけで、焦っていた。

 ウーチャカこと爆笑問題の田中裕二は24歳で童貞を捨てた。

となれば僕も24歳のうちに捨てなければ、ウーチャカに合わせる顔がない。

 

 本音を言えば、初めては素人の女の子と熱々の恋愛の後に手合わせしたい。

だがそんな偉業を果たせるのなら今頃は使用済みコンドームでスイミーが作れるだろう。

贅沢を言わず、ここはソープでも良いから早急に捨てなければ。

 

 大分県とかいう僻地に住む僕は、観光地である別府のソープに行くという手も考えた。

しかしネットで別府の店を調べると、なにぶん料金が安すぎるのがとても不安だ。

3万円を越える店はほぼ存在しない。

 

 「安かろう悪かろう」という至言がこの世にはある。

安い電源タップには発火の危険性があるし、安い風俗もまた別の発火要因となりえる。

僕のチンチンを演者にカチカチ山を公演したくはないものだ。

 

 それに心情として、最初のジャイアント・ステップはしけた安ソープで妥協せず、

高級店の手厚いサービスによって踏みしめたいというのがある。

 

 以上の理由から、僕は九州屈指の風俗街である中洲に足を伸ばしてみたのである。

 

 

 もちろん当日の朝は風呂に入り、念入りに陰茎を洗った。

 平素はティッシュのかけらさえ付着することも多い不肖の息子、

しかしこの日ばかりは眩く輝いて見える。シャワーのせいか涙がそうさせたか。

 

 お前の初陣だ、姿勢正してけよと声をかければ頷くように小さく揺れた。

頼もしいものだ、こうしていつか僕の元を去ってゆくのだな、去られちゃ困る。

 

 ところが風呂から上がり脱衣所の引き出しを開けると、パンツが1枚もない。

洗濯のダイヤグラムのズレが引き起こした悲劇だ。よくあることだが今日起こるとは。

 

 すがるように別の引き出しを開けると、半年前に家を出ていった父の置き土産である

紺色のトランクスが見つかった。他に下着がないので仕方なく、僕はそのトランクスに足を通す。

 

これも考えようによっては、親子かめはめ波のような熱いシチュエーションと言えるだろう。

 

 父さん、一緒に戦ってくれ。

 

 

 福岡までは高速バスを利用する。

 

 近所の一軒家に設置された防犯センサーのピーィィィィヒョンヒョンヒョンという音に激励されながら

バスターミナルへ向かうと、出発時刻ギリギリだった。遅漏は良くても遅刻は良くない、

間に合ってよかったと足りない胸をなでおろす。

 

 そこからバスに揺られること2時間弱。昼の13時頃に天神バスターミナルへ到着した。

 

 中洲のソープは本日夕方頃に向かう予定でなので、まだ数時間の余裕がある。

中洲はここから歩いて数十分となれば、ここは落ち着いて博多観光と洒落込みたいが

実はまだ店に予約の電話を入れていないのだ。

 

 全ての嬢がSOLD OUTとなる前に早急に連絡をしなければならないが、

まがりなりにも反社会的行動ゆえに、それは人のいない場所が好ましい。

 

 適当な場所を探して博多駅の前まで足をすすめると、丁度良さそうな広場があった。

よし、ここなら……と思い、辺りを見回す僕の目に突如、交番が飛び込んできた。

その前にはおあつらえ向きにパトカーまで止まっている。やべえな、自由が枯れている。

 

 もし交番に気付くことなくソープの予約をしていれば、待ち構えていた警官の手によって

鉄の輪を手首にはめられ、明日の朝刊の一面をセンセーショナルに飾るハメになっただろう、

一杯19円のブルックスコーヒーの折込チラシの隣に、童貞特有の未成熟フェイスを晒して。

 人の純情を弄ぶ卑劣な公僕め、その手には乗らないぞ。

 

 一目散にその場を立ち去り、しばらく博多の街を彷徨うと小さな公園が見つかった。

近くには交番どころか消防団すら見当たらないので、ここなら大丈夫だろう。

 

 平日の昼下がりということもあり、小さな子供を連れた母親もちらほら見受けられる。

問題ない、やつらだって結局はセックスの結果を連れて歩いているんじゃないか。

どっかりとベンチに腰を下ろして、スマホで目的のソープのWebサイトを確認する。

 

 やはりというか何というか、当日に予約を入れようとするのは良くないものだ。

 大半の嬢は既に他の指名が確定している。この子もダメ、この子もダメだ、と

親指が疲労骨折するほど[次のページ]をタップしまくり、ようやく空きの嬢が見えはじめた。

 

 目ぼしい嬢の詳細ページを開き、写メ日記やプロフィールを確認する。

いくら初めてのソープとはいえ、こちらも準備を怠っているわけじゃない。

プロフィールの内容を額面通り受け取ってはいけないことも勿論、把握している。

 

 例えば年齢。これには一つの方程式が存在する。E = mc^2。

すなわち、プロフィールに公表している年齢の1.2倍が、実際の年齢というわけだ。

20歳なら24歳、25歳なら30歳という塩梅で。

 

 しかし僕も、そこまで若い子を所望するつもりはない。

3万を超える高級店で、そんな詐欺などボッタクリなどは考えられない。

母親の年齢が50半ばなので、50歳をストップ・ロスとする。それ未満ならOKだ。

それに僕よりも年下の子にずっぽりイカされては、敗北感でスッキリできない可能性もあるしね。

 

 そんなこんなで色々と吟味した結果、一人の女の子に目星をつけた。

 

 名前は明かすことが出来ないが、苗字が死神博士を演じた方と同じなのが気に入った。

年齢は25歳、つまり実際は30歳前後の可能性がある。少しおねえさんというわけだ。

顔も、修正であることを鑑みたとして、僕が見る限り悪くなさそうだ。

 

 あとプロフィールの質問コーナーで、「好きな性感帯は?」という問いに対し

「腰と脇・・・(*ノωノ)♡」とわざわざキンタマの顔文字まで付け加えて答えているのも良い。

 サービス精神にあふれている証拠だ。

 

 よし、キミに決めた!と震える指で店に電話をかけると、

耳に飛び込んできた声は穏やかな若い女性のものだったので驚いた。

てっきり、いかついヤクザのおっさんが威圧感たっぷりで応対するかと思っていた。

 

 きっとこれも、客に安心して利用してほしいという高級店としての心配りであろう。

これは非常に助かる。かくいう僕もヤクザは怖い。

 

 利用時間は80分で32000円を選択した。

 なにぶん性行為に明るくないので果たしてどれほどの時間を確保すれば良いか分からないが、

80分あればオープニング→前戯→CM→本番→フリートーク→CM→風呂→エンディングくらいの

流れは組み込めるだろう。短すぎても長すぎても良くないし、このくらいで、ね。

 

 次に、先程決めた嬢を指名する。指名料は追加で2000円。

通常料金と合わせて、しめて34000円の恋というわけだ。人生の門出に相応しくないか。

 

 決して安くはないが、僕には小学生の頃からコツコツ貯めたお年玉が200万円ある。

そこから3万円を筆卸ろしのために使うことなど痛くも痒くもない。むしろ気持ちいい。

 

 19時の来店を約束して電話を切ると、達成感による安堵がどっと押し寄せてきた。

安心するのは早い。嬢と僕の亀頭の間にはまだ、ショッピングモールがまるまる入るほどの距離が

開いているのだから、それを少しずつ埋めていかねば。

 

 とりあえず、ぶらぶら街を探索しつつ美味しいものを食べて、本番に向けての気力を充実させよう。

 

 

 その後はヨドバシカメラや駅ビルを巡ったり、高架下の駐輪場の壁に残った落書きを眺めていたりした。

落書きはバリエーションが豊富で見ていて飽きない。下の画像はお気に入りのひとつだ。

通行人が多く撮るのがあんがい大変だったという事情も考慮して、じっくり味わうように見て欲しい。

           

 

 16時頃になるとお腹も空いてきた。遅めの昼食としてひとくち餃子とハイボールを楽しんだのち、

天神バスターミナル内に併設された薬局に立ち寄る。武器の調達のためだ。

 

 せっかくの筆卸ろしだから、万全の体制で挑まなければならぬ。

相手はプロだからといって、こちらが手を抜いて良い理由にはならない。

 

 まず餃子のニンニク臭を消すためのミンティア。エチケットとしてこれは欠かせない。

まず餃子を食うなよ、という話かもしれないがそこまで気配りできるほど僕は人間として

成熟していないので、それは勘弁して欲しい。

 

 次に、精力剤。

 今日という日を目一杯楽しむなら、精力だってゲージ満タンまでチャージしなくては。

ものすごい精力を。まるで精力がハッピを着て飴を配っているような、精力のビッキーズだと

嬢に思わせなければ、ここまで来た意味がないじゃないかよ。

 

 だが僕は食道と尿道が直結するほどおしっこが近いため、ドリンクタイプは避けたい。

現代の科学ではおしっこと射精の両立はできない以上、行為中の尿意は破滅を意味する。

いろいろと悩んだ挙句、「凄十(すごじゅう)」という名のカプセル剤を購入する。

いでじゅうみたいで、なかなか縁起がいい名前じゃないか。

 

 そのふたつをカバンに詰め込んで、父さんの残した熱い思い、母さんがくれたあの眼差し、

地球は回る、君をかくして、輝く瞳、きらめく灯、地球はまわる、君をのせて、

いつかきっと出会う僕らをのせて中洲までゆっくりとした足取りで向かいはじめた。

 

 途中、少し時間があったのでキャナルシティという大型ショッピングモールに寄る。

カルディで暇をつぶしたのち(勿論コーヒーの提供は断った、おしっこの元は少しでも絶ちたい)

ベンチに腰掛けて、カバンから先程の「凄十(すごじゅう)」を取り出した。

 

 デフォルメしたゴキブリのごとく茶色く光るカプセルが銀の包装紙に4個入り。

4個すべてを手のひらに載せて口に運んだら、うっかり1個がこぼれて床に落ちた。

非常に惜しいが拾い飲みしてお腹を壊しては元も子もない、福岡の発展と向上のためにくれてやる。

泣く泣く残った3個をいろはすで飲み込んだ。 

 

 プラセボかもしれないが、なんだか力が湧いてきたような。足取り軽く、中洲へと向かう。

 

 中洲はその名の通り、那珂川(なんて読むの?)と博多川に挟まれて出来た三角洲に位置している。

それが女性の股の形状を連想させることから、風俗業が発展したとか。僕の想像だが。

 

 中洲にたどり着いた頃から、冷たい雨がしとしと降りはじめた。

濡れるのは股間だけで勘弁と、上着のフードを頭に被る。

長身で猫背な僕がフードを被ると連続通り魔に見えるので本当は被りたくない。

 

 さすがに夜の風俗街というだけあって、次々とポン引きの兄ちゃんが声をかけてくる。

それを振り払いながら目的の店を探すのだが、中々見つからない。

やっと店が入居するビルを探し当てた頃には全身が雨でびっしょり濡れていた。

水の滴るいい男という言葉はあるけれど滴りすぎだ。

      

 いかにも風俗然としたビルの1階エントランスは高級シャンプーみたいな色合いで、

全く縁のない雰囲気に早くも気圧されてしまう。これではいけない。

 

 エレベータの前に立ち、気を落ち着かせるため煙草に火をつけた。

立ち昇る煙の向こう、僕と同じ志の男たちがエレベーターへ吸い込まれて行く様を眺めつつ、

頭の中で予行演習を試みる。

 

 プレイに対しある程度の期待も失望も覚悟しているが、ひとつだけ不安が残っていた。

それは、果たして嬢の女性器(通称ジョジョ)を舐める必要があるかということだ。

 

 準備のために色々なソープレビューを読み漁っていると、クンニの記述がとにかく多い。

どこを切り取っても、舐めた吸ったの大騒ぎだ。

飛行機に乗る前日に航空事故のWikipediaを読んで不安になる現象と同じかもしれない。

 

 とりあえず僕個人としてはあまり舐めたくない。理由は単純、汚いからだ。

 

 いくら洗おうがそこがおしっこと万国旗の出てくる穴である事実は揺るがない。

僕のを舐めてもらうくせに相手のを舐めないのは騎士道精神に反するかもしれないが、

天童よしみも舐めたらアカンと歌っていたじゃないか、彼女が言うなら間違いない。

ヨンドンサリの願いもひとつだ。

 

 だが舐めないことで嬢の機嫌を損ねたとしたら。

義侠心に溢れたヤクザたちの手でアスファルトへクンニさせられるのではないか、

そう思うと不安は増す一方である。

 

 かと言って、なんとか妥協して舐めることになったとしよう。

しかしその動きはまるで、犬嫌いの人が知り合いの犬を無理やり撫でる所作と

同様のぎこちなさを伴うだろう。

 

 そんな、お互いに遺恨を残すような形て僕の筆卸ろしを終わらせるのは本意に反するなあ。

というようなことを考えるうち、手挟んだタバコの火はフィルターぎりぎりまで迫っていた。

 

 答えの出ないことをいつまでも悩んだって仕方がない。

舐めるも舐めないも人生、カケフくんのジャンプ天国クンニ地獄。

揉み消したタバコを灰皿の底に落とすと、覚悟を決めてエレベーターに乗り込んだ。

 

~ 後半へつづく ~

 

 

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コメント: 1
  • #1

    すらいむ (水曜日, 06 9月 2017 11:53)

    後編待ってます。